東北 仙台 地方の生活を好きにならなくてもいい
初めて首都圏から転勤の人は仙台に一生懸命馴染んだり、その街を好きになろうとするだろう。場合によっては仙台人もそれを求めてくる。
これが初めての転勤だとかなり辛いだろう。無理はしなくていい。
あなたがその仙台に馴染む努力をしなければいけないと考える時点で
あなたの生まれ育った場所とこの土地には大きな文化的な差がある。
これは変えられない事実なのだ。
転勤で生きていくには、
その土地の文化を理解し、必要な際には合わせる努力が必要だ。
例えば、あなたが中国の永定というところに海外転勤になったことを想像してほしい。
あなたはどのような行動をするだろうか。
まず、中国の習慣や文化を学ぶだろう。
中国人社員を交えた食事があれば、その場では彼らの習慣に合わせる努力をするだろう。
だからと言って、あなたは中国の文化を好きになるだろうか。
地元の中国人と差がないくらいその土地に馴染むだろうか。
土地を好きになるかどうかは分からないし、地元民のようには完全に馴染むことはできないだろう。
会社もそのようなことは求めていない。
あなたは中国での業務は十分に遂行できる。
海外であれば異文化と距離感がうまくとれるのに、
地方転勤だと途端にわからなくなる人が多い。
人によっては、地元民と同化しなければならないと考える人がいる。
これは一部の転勤者がすごく土地に馴染んでいるように見えるからだ。
例えば仙台の場合、転勤者の中に東北出身者や東北出身の両親を持つものも多い。彼らは土地のコミュニティに染むのも早いし、完全に同化できる。首都圏出身者をはじめ、他の地方の出身者はこのような同僚を見て焦るのだろう。でも、それは彼らが東北で生まれ育っていて、転勤先が東北だからだ。彼らは元々が東北のアイデンティティだから馴染めるだけなのだ。
日本の大学を卒業した中国人留学生が日系企業に就職して、中国に駐在しているのと同じことだ。
無理しなくていい、あなたの生まれ育った場所とここでは文化が違うのだから。
その文化を知る必要はあるし、時によってはそれに合わせる努力が必要だ。
でもあなた自身のパーソナリティや習慣を変える必要はない。
日本でも言葉が同じでも土地が変われば文化、思想、教育レベル違うのだ。
適度な距離感で、必要があれば習慣に合わせる。
あなたは民族学者ではないから必要以上に土地の文化について学ぶ必要もないし、最低限合わせておけばいい。
地方の文化的距離感やカルチャーショックを受けて、
どうすればいいかわからなくなったら、
同じ状況で中国の田舎勤務だった場合どのような判断をするか考えるとよい。
必要以上の文化強要だと判断したら、断ればいい。
文化の違いを持つ人々との交流には苦労するだろう。
あなたの生まれ育った場所と東北仙台の文化は違うのだ。